VoyagerGuitarsのアコースティックギター製作考

アコースティックギター製作、ヴォイシング・タップチューニングその他いろいろ~ヴォイジャーギターズ~

ヴィンテージギターは木材が乾燥して鳴る、は本当か~トーリファイドスプルース~

・ビンテージギターは木材が乾燥しているので良く鳴る

・ギターは弾き込むと音が良くなる

こういう話をよく聞きますが実際のところどうなのでしょうか。感覚的には自分の製作したアコースティックギターも完成から数年経つと音が変わってきたなと思うことはありますが数年前の音の記憶などとても曖昧なものです。

アコースティックギターの経年変化については色々な要素が考えられますが、今回は木材が古くなるとどういった変化が起きるのか、振動を与える(弾き込む)と何か変化があるのかについて書いてみたいと思います。

楽器、木材の経年変化について良く言われているのが、木材の主成分であるセルロースが伐採後、徐々に崩壊していくと同時に結晶領域が増加するという事。ヒノキの場合それによって伐採後200年程度で強度がもっとも強くなり1000年以上経過しても伐採時と同等の強度があるとか。*1

ヤマハはARE技術の解説においてセルロールの結晶領域が増えることにより木目方向に硬くなる一方でヘミセルロースが減少することで厚み方向に柔らかくなり異方性が増しこれにより音質変化が起きるとしています。*2

セルロースの結晶領域には水分が入り込めないため結晶領域の増えた古材の方が新材よりも吸湿性が低くなり周囲の湿度の影響を受けにくく新材よりも常に低い含水率となります。*3 これが「ヴィンテージギターは木材が乾燥している」といわれる所以でしょうか。

新しいギターと古いギターを同じ環境下に置いた場合に、古いギターの木材の含水率がより低くなるのであれば木材の内部摩擦が低くなり、外部より与えられたエネルギーが熱エネルギーに変換されにくくなり音響変換効率が上がると考えられます。*4

一方で新材と古材の結晶化度や結晶幅に明確な差がなく吸湿性の低下はヘミセルロースの分解や消失が原因ではという研究結果もあります。この論文によれば木材の老化や熱処理による変化の一部は高湿度下に置かれることで元に戻ってしまうそうです*5

またもう1つの主成分であるリグニンは紫外線(日光)により分解されやすく変色や風化の原因となり*6これも音質に影響すると考えられます。

現在、スプルース材の経年変化を減圧状態で加熱することによって再現しようとする技術を各メーカーが採用し始めています。MartinはVTS(Vintage tone system)、GibsonはThermally Aged、ヤマハはAREと呼んでいますが一般的にはTorrefied spruce(トーリファイドスプルース)と呼びます。温度や気圧、加熱時間など処理方法によって効果の程度や持続性に違いが出ると思われます。

では「ギターは弾き込むと音が良くなる」についてはどうでしょうか。

振動を与えることによって疲労現象で内部摩擦が増える、微弱な振動を与えると分子レベルで歪みが解消され内部摩擦が減る*7*8ことなどが報告されています。アクリルやアルミでは長期振動による内部摩擦の低下は見られないとのことですが金属製の管楽器でもビンテージは音が良い、前奏者の吹き癖が付くという説もあります。木材の乾燥状態、与える振動の強さ、時間などによっても結果が変わるようです。

最後にバイオリンの名器ストラディヴァリウスと現代のバイオリンを目隠しで演奏してもらい評価してもらう実験のお話。最も気に入られたバイオリンは現代の物でした。

結論としては木材は老化や熱処理、弾き込みによって変化してそれがギターの音にも影響する。しかしまだそのメカニズムが完全に解明されているわけではなく科学的に説明されていない部分もある。新しいギターでも古いギターでも「好みの音」は人ぞれぞれなので古い=良いではない。

*1日本人と木の文化 小原次郎

*2A.R.E.技術 ヤマハ

*3木材の老化 建築古材について 小原二郎

*4楽器と木材 矢野浩之

*5古材および熱処理材の吸湿性および振動特性 錢谷菜々未,小幡谷英一,松尾美幸

*6木材はなぜ、変色するのか?

*7木材の動的粘弾性の振動履歴効果 祖父江ら

*8振動履歴や経時変化による楽器用木材の音響的性質変化に関する科学的見地からの検証 古田裕三