VoyagerGuitarsのアコースティックギター製作考

アコースティックギター製作、ヴォイシング・タップチューニングその他いろいろ~ヴォイジャーギターズ~

この木材はハカランダ?ギターの材料表記、木材鑑定

先日、とあるサプライヤーより「ハカランダ」として販売されている木材を購入しました。ハカランダにも真っ黒のから縞模様までいろいろなものがありますがいつも取引しているギター材料の専門業者から購入したハカランダとは色や質感が違っていましたのでおそらくこれはハカランダではない可能性があると思いつつもその材の木目、硬さ、重量(かなり比重が高い)、タップトーンに惹かれるものがあったので購入しました。

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左の2本が専門業者より購入したブラジリアンローズウッド、右の2本が今回入手した木材。

アコースティックギターにおいてホーリーグレイル(聖杯)、神木とまで言われる「ハカランダ」ですが正しくは中南米産のローズウッドの総称で特定の木の呼び名ではないそうです。*1 

しかしギター業界ではほとんどの場合、マメ科ツルサイカチ属の植物である「ブラジリアンローズウッド」のことを指します。学名は「Dalbergia nigra」です。

よく街路樹で植えられている紫色の花の咲く「ジャカランダ」はノウゼンカズラ科のキリモドキ(Jacaranda mimosifolia)という植物で全の別物です。

木材の呼び名には和名、英名、現地名、流通名、通称、総称などがあり混乱しやすく楽器製作家でも間違いや勘違いが起こります。

「ローズウッド」はイーストインディアンローズウッド(Dalbergia latifolia)などツルサイカチ属の植物に冠される総称ですがツルサイカチ属ではないブビンガ(ジャケツイバラ亜科ガイボルシア属、Guibourtia demeusii)もアフリカンローズウッドという名称で販売されています。反対にツルサイカチ属でありながらアフリカンブラックウッド(Dalbergia melanoxylon)にはローズウッドという言葉が付きません。

またヤマハが使っていたニューハカランダや、クラシックギターでよく使われる中南米ローズウッドといった名称もあります。国内の家具、指物、仏壇、木工芸においては紫檀(シタン)とまとめて呼ばれることもあり正確な樹種が分からない事も多々あります。

材木の状態であれば加工時のにおいなどで樹種は推測できますが塗装が施され完成した製品になってしまえば樹種を見極めるのは困難です。アコースティックギターではブラジリアンローズウッド、マダガスカルローズウッド、ココボロ(Dalbergia retusa)あたりの木目が似通っている個体であれば見た目だけでの判断は難しいと思います。

表板のスプルースに関しても同じ学名Picea abiesでも産地やサプライヤーによってヨーロピアンスプルース、ジャーマンスプルース、イタリアンアルパインスプルース、などの種類がありそれが本当に正しいのかは伐採現場まで出向いて確認するしか方法はありません。伐採時期を限定したムーンスプルース(新月伐採した材)という板材もあります。製作家はサプライヤーを信じて購入した材の名前を表記するしかありません。僕もそうしています。

音で樹種を聞き分けるということも不可能でしょう。ギターは様々な要素が絡み合った構造物です。一つの材料や構造だけを切り取って「○○材だから○○な音、○○ブレイシングは○○な音」とひとくくりに語ることはできません。

個人的には樹種が何であれプレイヤーの好みの音が出て、納得の行く価格であればそれでよいと思います。いっそ材料表記は「木」で良いでしょう…。

さてそうなると先日購入した謎の材も「ハカランダ」もしくは「木」で良いのかもしれませんが僕の知っているブラジリアンローズウッドとは見た目が違います。

専門機関へ鑑定を依頼しようと思い森林総合研究所へ連絡してみたところ、○○科○○属までのレベルしか鑑定を行っておらず例えばブラジリアンローズウッドであれば「マメ科ツルサイカチ属」までしか分からないとの返答でした。

実はこの木材にも購入時に学術機関による鑑定書が付属しており「ブラジリアンローズウッドの特徴を示しているが正確な樹種の特定には種子や葉などのサンプルが必要」という結論でした。

木材の鑑定は試験片を顕微鏡で見て見本やデータベースと見比べるという鑑定方法のようで樹種までの特定は難しいそうです。*2

しかし分からないと言われると知りたくなるので自分なりに推測してみます。所々に黒い筋が入っていて全体的に紫色が濃いです。製材してから時間が経つにつれて色が変化するようで茶色、黒っぽい個体もあります。重さを量ると比重は1.0以上あります。マダガスカルに生育するローズウッドのボアデローズ、Bois de rose(Dalbergia maritima)に色合いは似ていますが削ってみてもこの材はローズウッド特有のにおいがありません。(余談ですがアロマオイルのボアデローズはDalbergia maritimaではなくクスノキ科のAniba rosaeodoraの精油です)

ほとんどのローズウッドは特有のにおいがありますのでツルサイカチ属ではない可能性も出てきました。

その他に考えられるのは
パープルハート(Peltogyne spp.)
ウェンジ(Millettia laurentii)
ムラサキタガヤサン(Millettia pendula)
パドゥク(Pterocarpus soyauxii)
などがありますがどれも色合い、木目が違う気がします。

一番よく似ているのが三味線の棹に使用される紅木(コウキ、Pterocarpus santalinus)でしょうか。紅木紫檀、レッドサンダー、レッドサンダルウッドとも呼ばれる希少な高級木材です。

f:id:VoyagerGuitars:20180113194531j:plainここで実験をしてみます。まず木材を削り、粉にします。それを試験管に入れ水と混ぜます。

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 左からイーストインディアンローズウッド、謎の材、ブラジリアンローズウッドです。これにブラックライト(UVライト)を当ててみると

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謎の材が黄緑色に光っているのが分かります。インディアンローズもほんのり青っぽく光っているように見えます。ブラジリアンローズは光っていません。これは木材の鑑定法の一つで fluorescence tests(蛍光テスト)と呼ばれています。ブラジリアンローズの heartwood extractives(心材抽出物?)は水には溶けず蛍光しないそうです。紅木の抽出液は紫外線で蛍光を放つことが知られています。

次に水ではなくエタノールで同じ実験をしてみます。

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並び順は先ほどと同じで左からインドローズ、謎の材、ブラジリアンローズです。エタノールでは光り方、色に差があるものの全て蛍光しています。

この実験方法が正しいのか良く分かりませんが結果は木材のデータベースと一致します。(Physical and chemical testsのところ)

インドローズ

CITESwoodID - Dalbergia latifolia Roxb. (Indian rosewood, Sonokeling)

紅木

CITESwoodID - Pterocarpus santalinus L.f. (Red sanders) - CITES II

ブラジリアンローズ

 CITESwoodID - Dalbergia nigra Fr. All. (Rio Palisander, Brazilian rosewood) - CITES I

これだけでは紅木であると言い切れませんがとりあえず謎の材はブラジリアンローズウッドでない可能性が高いことは分かりました。

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全て同じ原木から採られた材とのことなので色味の違いは部位、乾燥、保管状況によるものと思われる。

 二胡の業界では紅木紫檀のことを印度小葉紫檀と呼び、所々に入る黄色い筋を金糸と呼ぶそうでこの木材の特徴と一致しています。

その後もいろいろと調べてみたところKataloxカタロックス(Swartzia Cubensis)、別名メキシカンロイヤルエボニーにも似たような木目の物があるようです。調べれば調べるほど木材の種類を材料の見た目などから特定することが非常に難しい事であるということが分かります。
となるとやはり「サプライヤーを信じて購入した材の名前を表記する」ことが最善の方法と言えるのではないでしょうか…。

*1 http://blog.nohara.jp/3467

*2 http://blog.nohara.jp/3472