サウンドホールについての考察
アコースティックギターのサウンドホールについての考察です。
- サウンドホールの直径
通常マーチンDタイプなら4インチ(101.6mm)、000は3-7/8インチ(98.4mm)の物が多いです。年代、メーカー、モデルによって若干の差はあります。
- ヘルムホルツ共鳴
ボディの共鳴音ではホール径が大きい→共鳴音が高くなる、小さい→共鳴音が低くなる、と書きましたがAcoustic function of sound hole design in musical instrumentsによると空気の大部分は開口部の縁付近を流れており開口部中心付近の共振周波数への影響は低いとの研究結果が載っています。
リュートのロゼッタの実験によると開口面積の50%が塞がれていてもヘルムホルツ共鳴の共振周波数の違いは半音以下だそうです。
- サウンドホールの位置
下の画像でもわかるように鉄弦ギターではサウンドホールは表板の振動しやすいエリアの中に配置されています。一方でクラシックギターではハーモニックバーがあるのでサウンドホール周辺は振動しにくいエリアです。
左・鉄弦ギター、右・クラシックギター
ということはサウンドホールによって表板の振動エリアが減ってしまい音質が損なわれているとも考えられます。また鉄弦、クラシック両方に言えることですが通常のサウンドホール位置はギターの中心部で弦による張力を受ける場所です。そこに大きな穴が空いているのは強度的観点からも好ましくありません。指板材の収縮により指板エンドからサウンドホールにかけてクラックが発生するケースもあります。
ならばいっそサウンドホールを指板の横のショルダー部などに移動してしまうのはどうか。実際にタコマやオベーションのような通常とは異なる位置にサウンドホールのあるギターも存在します。
短所としては修理やPU取り付けの際にボディ内部へ手が入れられない事でしょうか。対策としてボディサイドに取り外し可能な”蓋”を設けてあるギターもあります。
- サイドサウンドポート
最近は結構見るようになったサイドサウンドポートですが実際にどのような効果があるのか開けてみました。
結果としては
・プレイヤーに聞こえるギターの音量が少し大きくなる
・プレイヤーに聞こえる音色のバランスがギター正面の音に近くなる
・ボディの共振周波数が高くなる
プレイヤーに聞こえる音量が増えるとその分、前に飛ぶ音が減るような気がします。狭い部屋では壁の反射があるので違いは良く分かりませんでした。クラシックギターでは音の遠達性が重要ですが鉄弦の場合はピックアップでの増幅が一般的なのであまり関係ないかもしれません。
共振周波数についてはメインのサウンドホールは製作中に大きさを変えることはロゼッタ等との関係からほぼ不可能ですがサイドサウンドポートならある程度大きめに補強を施しておけばボディ完成後にポート径を変更できるので共振周波数の調整弁としての役割で使うのもありだと思います。もしくはスライドドア付きのサイドサウンドポートならプレイヤーが任意に調整できます。
- 結論
以上の考察を踏まえると理想的なギターのサウンドホールはこうなります。
・表板の振動エリア、中心部を避けた配置
・開口部の中心部はあまり影響がないので振動エリアを増やし強度を上げるために塞ぐ
・サイドサウンドポートを設け、ボディ完成後に任意の共振周波数になるように大きさを調整
デザインを煮詰めれば使えるかも…。
アコースティックギターボディの共鳴音~ヘルムホルツ共鳴~
ボディの共鳴音。
サウンドホールに向かっていろいろな音程で「ウーー」と言うと特定の高さで共鳴するのが分かります。その音がボディの共鳴音です。主にギターの一番低い音の部分を担うのでドレッドノートではG(98Hz)あたり、トリプルオーでA(110Hz)あたりになるように設計されています。シングル0とかL-00だともう少し高くてスモールボディギター特有のポコポコした箱鳴りがします。
この共鳴音がGやAなど特定の音程にピタリと合ってしまうとウルフとかデッドポイントと呼ばれる現象が起きるのでGとAbの中間とか少しずらしたあたりの周波数になるようにするのがセオリーです。
この共鳴音はヘルムホルツ共鳴と呼ばれています。ラムネの瓶の口に息を吹きかけるとボーという音がするのと同じ原理です。サウスウェールズ大学のホームページに計算方法が載っていますので計算してみました。
f (Hz) 共鳴周波数
c (m/s) 音速
r(m)サウンドホールの半径
V(㎥) ボディ内の容積
1.7は開口端補正
実際に数値を当てはめてみると
音速は340m/sにしました。
サウンドホールの半径は50mmなので0.05m。
ボディ容積はVJ-45のボディ面積をCADで測ったところ0.16㎡で、ネックでのボディ厚が98mm、ボディエンドで122mmとして足して2で割って110mm=0.11m。
0.16×0.11=0.0176なので四捨五入して0.018。
122HzだとB(5弦2フレット)の少し下くらいです。実際にはG(98Hz)くらいなのでちょっと差が大きいですね。
このヘルムホルツ共鳴の計算式は”容器の壁”が頑丈で動かないことが前提になっていますのでギターのように表板・裏板・側板が変形する場合はこの計算式では正確には求められないという事が分かりました。
ヘルムホルツ共鳴器の”壁”に柔軟性がある場合(Elastic Helmholtz resonator)に関して興味深い論文がありました。ヴァイオリンとヴィオラのfホールについてです。
The Air Cavity, f-holes and Helmholtz Resonance of a Violin or Viola
やはり”壁”に柔軟性がある場合は共鳴周波数が低くなるようです。
"サウンドホールの径が小さくなると共鳴周波数が低くなる”
"ボディ内の空気量が増えると共鳴周波数が低くなる”
という事に関しては通常のヘルムホルツ共鳴器と同じです。
他にもいろいろ面白いことが書いてありますので読んで損はないと思います。
結論としては、アコースティックギターのボディ共鳴音は
サウンドホールの直径
ボディ容積(ボディ内の空気の量)
トップ、バック、サイドの柔軟性
によって決まると考えていいと思います。(※サウンドホール直径と共鳴周波数の関係性については次回また詳しく書きますのでそちらも参照してください。)
計算によって周波数を導き出すことは難しそうなので新しいボディシェイプのギターを作る際はまず1本作ってみないと分からない、という事ですかね…。
アコースティックギター表板のヴォイシング、タップチューニングその3
「表板の3つの振動モード」で出てきたロングダイポールとクロスダイポールは300~400Hz付近の1,2弦にとって「おいしい」周波数の振動モードです。個人的にこの振動モードをうまく機能させれば鳴らしにくい1,2弦を鳴らせるのではないか、と考えています。
ギターのボディはポンプのようにサウンドホールから空気を吸ったり吐いたりしています。モノポールの動作はでんじろう先生の空気砲のようなイメージです。空気を吸って吐いての繰り返しです。ギターの場合はこの動作にプラスしてスピーカーのように表板の表面が周囲の空気を直接振動させてもいます。
ロングダイポールやクロスダイポールではシーソーのように片方が膨らむと片方は凹みます。膨らむ部分と凹む部分が互いに打ち消しあってしまいサウンドホールから出る空気の量と表板が振動させる空気の量が減ってしまうと考えます。
イメージとしては下の動画のような感じ。
これを解消するために振動する強さに差をつければよいのではないか。片方がもう一方より強く振動するようにするのです。
多くのクラシックギター製作家は表板の低音弦側を薄く、高音弦側を厚くしています。鉄弦でもC.F.マーティンの考案したとされるXブレイシングはトーンバーが2本斜めに配置されており左右非対称になっています。上の画像でも分かる通り標準的なスキャロップドXブレイシングではすでにロングダイポールもクロスダイポールも片方がより多く振動しています。しかしブレイシングの断面形状で書いたように少しの表板の厚みやブレイシングの削り方次第で剛性が大きく変わりますのでこれが対称的な振動になってしまっても不思議ではありません。
次の画像はXブレイシングの下に4本のトーンバーを組み合わせて配置したいわゆるラティスブレイシングでのロングダイポールとクロスダイポールの振動の様子です。ブレイシング配置が左右対称のため、振動も対称になっているのが分かります。
ブレイシングパターンが左右対称でも良いギターはたくさんありますので一概に「非対称パターンのほうが良い」とも言えません。またパターンが対称でも表板の厚みを部分的に変えたり、スキャロップの削り方で強度的に非対称にすることもできます。
どのようなブレイシングパターンでどれくらい対称・非対称にするかは製作家・メーカーによって様々です。
例えばボジョアはドレッドノートの高音弦側Xブレイスはスキャロップしていません。
Bourgeois Top Voicing Demonstration
※しかしソモギの本を読むと「波の干渉」を用いてダイポールでも必ずしも互いに打ち消しあう訳ではないというようなことが書いてあります…。どうなんでしょうね。
アコースティックギター表板のヴォイシング、タップチューニングその2
ヴォイジャーギターズで行っているヴォイシングの方法です。
ブレイシングはある程度整形をして背が高めのままにしておきます。この状態で表板と横板を接着しモールドに固定して行います。スキャロップ加工もこの時点ではしていません。
ここからタップトーンを聞いてブレイシングを削り表板の強度、響きを調整していきます。後々のためにタップトーンは録音し、データとして保存しています。
調整前のタップトーンを聞いてみましょう。
トントンと音程が高く、音に伸びがないのが分かります。
この音を周波数解析したのが下の画像です。
これをブレイシングを削り調整していくとこうなります。
先ほどより音程が下がり音に伸びが出ているのが分かると思います。
製作家によってはこのタップトーンを特定の音程に合わせたり、トップとバックのタップトーンの音程差を2度とか7度とか決めている方もいるみたいです。個人的に今のところはモノポールの周波数をある程度の目安にして、あとは全体的な響きを確認しているぐらいです。「ブレイシングの断面形状」で書いたようにブレイシングの高さが変わると剛性が大きく変化するのでそこを意識しながら、場所によって極端に剛性の強弱が付かないように気を付けて削っています。
調整後のブレイシングです。このように「音」で表板を調整していきますのでここが何mmという寸法はこの作業ではあまり気にしません。
この後に続く作業(研磨、塗装、ブリッジ貼り付け)で表板の振動パターン、共振周波数が変化しますし、裏板がついてボディが箱になるとまたお互いに影響しますのでこの状態でのタップトーンとギター完成時の音との相関関係を把握する必要があると思います。
アコースティックギター表板のヴォイシング、タップチューニングその1
下の写真のようにアコースティックギター製作家が表板をコンコンと叩いて、その叩いた音=タップトーンを聞いてブレイシングや表板を削って調整をすることをヴォイシングとかタップチューニングと呼びます。1枚1枚、木材の硬さや密度が違いますので音を聞いて個々に調整します。
思い描いている音に近づくように表板の剛性や重量、振動を「最適化」する作業といったところでしょうか。ヴォイシングによってドレッドノートのギターを000のような音にするとかそういう事ではありませんのであくまでも最適化だと思います。
製作家によって色々な方法があり、このように表板だけで行う場合もあれば表板と横板を接着後に行う方法もあります。
ヴォイジャーギターズは後者です。
表板と横板を接着してからモールド(型枠)に入れた状態で行っています。裏板はまだ接着していないのでブレイシングを削ることができます。このほうがギターの完成形により近い状態で表板の振動特性を調整することができると思っているからです。タップトーンを録音するためにレコーダーを使います。続く
アコースティックギター表板の3つ振動モード
アコースティックギター表板の3つ振動モード。
- Monopole モノポール
- Long Dipoleロングダイポール
- Cross Dipole クロスダイポール
1.Monopole モノポール。
モノポールは下の画像のようにブリッジ付近を中心に表板が上下動する振動モード。周波数は180Hz前後。
2.Long Dipoleロングダイポール
ブリッジを中心にサウンドホール側とボディエンド側がシーソーのように振動するモード。周波数は300Hz前後。
ロングダイポール
3.Cross Dipole クロスダイポール
ボディのセンターラインを中心に1弦側と6弦側がシーソーのように振動するモード。周波数は400Hz前後。
クロスダイポール
もちろんこの他にも振動モードがたくさんありますがこの3つのモードをうまくコントロールすることが音作りに重要かなと思っています。
※このシミュレーションはFreeCADで3Dデータを制作したものをLISAというソフトで解析しています。
標準的なXブレーシング+トーンバー2本、ブリッジ貼り付け済みのVJ-45モデルの表板を外周で固定して動かない状態での解析です。実際のアコースティックギターではボディ内の空気、裏板、横板などいろいろな要素が相互に影響しあっていると思われます。 また3Dデータ制作、解析パラメータの設定等もよく理解していない部分があるのであくまでも目安程度に考えてください。
ブレイシングの断面形状
ブレイシング(力木)の断面図です。
AとBのブレイシング、断面積は同じ=同じ木なら重さも同じ、ですが剛性が高いのはBです。
専門的なことは「断面係数」とか「梁のたわみ計算」などで検索すれば出てくると思います。自分の理解している範囲でギター製作に関して説明すると
ブレイシングの断面形状の横幅が2倍になると強さも2倍になります。
高さは2倍になると強さはその3乗=8倍になります。高さが3倍になれば3³で27倍になります。
AとBのブレイシングの強さを比較すると、BはAに対して幅は1/2、高さは2倍です。幅の分だけ強さは半分になります。高さは2³で8倍。
1/2×8で4倍の強さという事になります。同じ断面積でもそれだけの差があります。
もう一例。高さが18mmのブレイシングがあります。14mmまで削って低くしたとします。たった4mmで強さはおよそ47%ほどになってしまうのです。
計算式は14÷18=0.7777、0.7777³=0.47
スキャロップ加工が表板の剛性に与える影響の大きさが分かります。
さて次に断面形状が三角形のCのブレイシングです。
三角形にした場合、Bの長方形と同じ強さを得るには高さを1.44倍する必要があるそうです。強さは同じですが一方で断面積は5×20=100mm²に対して5×28.8÷2=72mm²と三角形のほうが72%になっていて重量を軽くすることができます。
断面形状を変えることによりブレイシングの重量と強さのバランスを変えることができます。
表板の厚みに関しても同じで3.0mmを2.7mmに薄くすると、0.3mmの違いですが計算上は28%も強度が落ちることになります。
このことを理解したうえで板厚の決定、スキャロップ加工をすることが重要と思います。